なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(10) ソ連のスパイ・レフチェンコの前半生

 スパイ防止法の制定をなぜ望むのか?
 それは、S.A.レフチェンコの日本に対する忠告、警告が今もって活かされていないと感じるからです。レフチェンコといっても、スパイに関心のある人でなければ、知らないと思うので、まずは簡単にその前半生を概観しておきます。

 レフチェンコは、KGB(ソ連国家保安委員会。ソ連の情報機関)で勤務した情報将校、つまりスパイでした。1941年、モスクワ生まれ。モスクワ大学を卒業後、全ソ海洋学・海洋漁業調査研究所に就職。その後、日本への憧れもあり、モスクワ大学東洋学研究所大学院に入学し、原水禁や原水協などの日本の平和運動について研究しました。

 60年代、ソ連は日本の平和運動組織を自らに都合の良いように動かそうとしていました。例えば「広島と長崎に対するアメリカの犯罪やアメリカの核の脅威についてのみ発言するように仕向け」て、ソ連の核の脅威については口を封じたりしたのでした。 

 レフチェンコは訪日し、日本の平和運動の代表らの通訳を務めましたが、裏ではソ連の党中央委員会国際局と繋がり、政治的な基本方針や計画、最新情報を代表らから聞き出す任務を帯びていました。スパイ任務を帯びての訪日は、1966年のことです。 

 レフチェンコは、広島と長崎の原爆被災者グループに属する人々に接触しますが、その時の感想を「ゆるぎない決意を固めた立派な人たちだったが、なぜか、自分たちがソ連の宣伝謀略の罠に掛かっていることを知らずにいた」と記しています(数年後には、彼らもソ連に操られていることを悟ったようですが)。要は、日本人は外国人との接触に無警戒であり、罠にはまりやすいということです。お人好しと言い換えることもできるでしょう。

 1970年、レフチェンコは大阪万国博覧会に日本語通訳として参加、ソ連が万国博覧会を宣伝謀略の場として利用していることを目の当たりにします。日本人は博覧会と聞けば、オリンピック同様、平和の祭典のイメージがあるでしょうが、ソ連は「世界の平和を脅かすのはアメリカ帝国主義だ」と宣伝し、展示品を通し、国力を見せつけ、日本人を味方に引き入れようとしたのです。日本人は万国博覧会に対する見方を変える必要があるでしょう。

つづく

 

濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。

著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。


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