なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(11) ソ連のスパイ・レフチェンコの警告

 1975年、ロシアに帰国していたレフチェンコは、KGB東京駐在部付の政治情報将校として、東京に赴任します。当然、真の身分は偽られ、週刊政治評論誌の特派員としての赴任です。駐在部には、傍受室や電子機器類があったといいます。

 レフチェンコが最初に接触したのは、日本社会党の有名な党員Kでした。Kは社会党についての情報を話したようですが、その情報はソ連にとって「社会党に影響を及ぼしたり害を与えたりするのに利用するには、時として至極価値のあるものもあった」とのこと。

 レフチェンコは、読売新聞のベテラン記者Xとも親交を深め、諜報網の一員に組み込みました。Xは承知の上で、ソ連に協力し報酬を受け取っていたので、まさに売国奴と呼ぶことができるでしょう。大新聞の社員で管理職を務めた人物Aは、レフチェンコに会う度に、9万から15万円といった料亭の飲食代費用を払えと言ってきたといいます。

 もちろん、気骨のある日本人もいて、レフチェンコが「外交問題に関する日本政府の秘密を暴露するような記事」を書くことを外信部の記者Fに持ちかけたところ、Fは「どこの国であろうと外国の強国には協力しない」と断ったそうです。 

 レフチェンコはひと月に「20人から25人のエージェントや、脈のある人物に会う」のが普通だったようですが、あらゆる社会階層に属する日本人エージェントがおり、その数の多さに呆れるほどだったといいます(その数、約200人!)。しかも、日本の防諜機関に監視されているとの理由で、エージェントとの会合が取り止めになることは、ほとんどなかったというから驚きです。

 レフチェンコがKGBの海外諜報活動学校の学生の時、教官から「KGBは、ソ連のスパイが逮捕されたり国外に追放されたりすることをまったく心配することもなく、日本で重要な情報を集めることができる」と笑いながら言われたそうです。そのせいで、膨大な情報がKGB駐在部に集まってきました。

 エージェントの中には、政治家もおり(本人らは後に否定していますが)、レフチェンコは自民党の石田博英(労働大臣、内閣官房長官を歴任)、社会党の委員長・勝間田清一、伊藤茂(日本社会党、運輸大臣)、上田卓三(社会党の衆議院議員)らを操り、代価を払っていたとのこと。

 レフチェンコはソ連の政治体制やスパイ生活に嫌気がさし、1979年にアメリカに亡命します(ソ連はレフチェンコに死刑宣告)。そのレフチェンコに日本警察は事情聴取を行い、政治家による機密漏洩はなかったが、レフチェンコの証言には信憑性が高いとの結論を下したのです。が、スパイは政界にも入り込む可能性があることをレフチェンコ証言は示しており、その危険性は今も生きていると言えましょう。

 レフチェンコは回想録の中で、安全保障や情報戦に対する名句を記しています。「外国からの脅威を知覚する力を失った日本には、自国を防衛するということの本当の意味がわからなくなっている人が大勢いる」「だれでも歓迎主義は、実際には日本の安全保障を損なうもの」として「日本にスパイ防止法がないのはばかげていると思う」とまで述べているのです。

 いまだにスパイ防止法のない日本の防諜体制は、レフチェンコが旺盛に活動していた頃と、ほとんど変わっていないと言えます。スパイ天国・日本の現況を一新する必要があるのです。

つづく

 

濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。

著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。


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