なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(9)北朝鮮の拉致を防げ!

 北朝鮮はどのような手口で、日本人を拉致していったのでしょうか。元スパイ、工作員の証言等から見ていきましょう。
 北朝鮮の工作員だった安明進(93年に韓国に亡命)が金正日政治軍事大学の教官から聞いた話として、次のような例を紹介しています。

 1960年代半ばの夏頃、能登湾か能登半島に侵入した工作船が、ライトを点けて陸地に進んでいると、小さな漁船が近付いてくるのが見えました。工作船であることがバレることを恐れた工作員らは、漁船を襲撃し、漁船の船員を3~4名を捕えます。年長の日本人が抵抗したので、射殺、鉛を付けて海に沈めたのでした。船員には少年もいて、大声で泣き叫んだので、機関室に押し込め、北朝鮮に連行したというのです。少年はその後、北朝鮮謀略機関の指導員として働くことになったといいます。これは「偶発的・突発的な拉致」と言えましょう。

 99年3月に起こった北朝鮮の不審船による日本領海侵犯事件は、能登半島が舞台となったように、同半島は「工作船銀座」と呼ばれています。拉致の手口としては、次のようなものもあります。

 1973年8月、東京に住んでいた在日朝鮮人の男性は、深夜に吉岡を名乗る男から電話を受けます。「私は共和国(筆者註・北朝鮮)から来た者ですが、妹さんから写真と録音テープを預かってきました。これを渡したいので、明日午後2時、井の頭公園で会いませんか」―男性の妹は、東京の大学院を卒業した技術者の夫とともに、北朝鮮に帰国、食糧不足もあり、男性は妹の身を心配していたのでした。

 吉岡と会った男性は、吉岡から「私は統一事業に携わっている金といいます。我々の組織の一員となって、統一事業に協力してください。そうすれば、妹さんを助けることができるでしょう」―男性は金に協力することにし、暗号の使用方法や指令の受信方法などの教育を受けます。そしてついに「45歳から50歳の日本人独身男性を入北させよ」との指令を受け、結果的に久米裕さんの拉致に手を貸したのでした。

 これなどは、在日朝鮮人の弱みにつけ込んだ卑怯な手口といえましょう。男性は警察に捕まりますが、久米さんの出国時の意思が確認できないとのことで、起訴猶予となり、保釈されたのです。

 在日朝鮮人が拉致を行う例としては、辛光洙も忘れてはならないでしょう。辛は、静岡県出身で終戦後に北朝鮮に移住、工作員となります。そして再び日本に舞い戻り、宮崎で日本人調理師・原敕晁さんを拉致し、原さんになりすまして、工作活動を行ったのでした。85年、辛は韓国で逮捕されますが、99年に恩赦によって保釈、北朝鮮に送還されるのです。

 これらは、在日朝鮮人が拉致に関与・協力した事例です。
2018年2月、テレビ番組で、国際政治学者の三浦瑠麗が「テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪ヤバいって言われていて」と発言し、「根拠を示せ」「ヘイトの口実に使われる」「諸悪の根源は、韓国朝鮮人を難癖つけて叩こうとする腐った日本人」と批判を浴びたことは、記憶に新しい。在日韓国朝鮮人に対する差別は許されるものではありません。が、在日朝鮮人が拉致に関与したこともまた事実なのです。今後も、時と場合によっては、北朝鮮の指令を受けて、在日朝鮮人が何らかの工作活動に従事する可能性もなしとは言えません。もちろん、だからと言って、在日朝鮮人を差別や蔑視することは許されません。

 日本にスパイ防止法があったならば、警戒も強化されたでしょうし、工作員の暗躍を、全てではないにしろ、防ぐことができたのです。逆に言えば、今も防止法が制定されていないということは、こうした拉致が今後も起りうる可能性があるということであり、筆者が、一刻も早い防止法の制定を願う所以です。

 スパイ・工作活動を防ぐには、法律の制定のみならず、警察の機能強化や、海上警備の充実、情報機関の活躍が必要なことは言うまでもありません。単なる「スパイ防止法」ではなく「スパイ・工作活動防止法」を制定し、国家・国民の安全を守らなければいけません。

つづく

濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。

著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。


関連記事

  1. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(11) ソ連のスパイ・レフチェンコの…

  2. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(5) 拉致事件とスパイ

  3. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(4) 特定秘密保護法とスパイ防止法

  4. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(14) 中国の恐ろしいスパイ活動

  5. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(6) 拉致事件を許した日本人の精神構…

  6. なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(12) 「ゾルゲ事件」とは何か?