なぜ新・スパイ防止法が必要なのか(7) 拉致事件を許した日本人の精神構造:学界・文化人編

 北朝鮮に甘いのは、政界関係者ばかりではありません。学問の世界にもいます。その一人が、歴史学者の和田春樹(東京大学名誉教授)です。専門は、ソ連・ロシア史、朝鮮史で、岩波書店から『北朝鮮現代史』などを刊行しています。和田氏は、岩波書店が刊行する月刊誌『世界』(2001年2月号)所収論文「日本人拉致疑惑を検証する」において、「横田めぐみさんの拉致の情報は、その内容も発表のされかたも、大きな疑問を負うものである」「拉致事件として問題にしうるのは、辛光沫事件一件のみだということになるのである」などと記し、数多く発生した拉致事件に疑問符をつけていたのです。

 しかし、こうした考えが誤りであることは、2002年に明確になりました。同年9月、小泉純一郎総理が訪朝した時、金正日総書記が複数の日本人を拉致したことを認めたからです。

 北朝鮮に寄り添うような発言をしてきた人としては、吉田康彦(元NHK国際局報道部次長、元国連職員、大阪経済法科大学客員教授)もいます。吉田氏は『民族時報』(韓統連の機関誌、97年7月1日)において拉致事件を「ら致疑惑」といい、横田めぐみさんの拉致事件を「韓国に亡命した北の工作員がピョンヤンで聞いたという伝聞」として片付けているのです。

 さらに、拉致事件の解決よりも「国交正常化交渉の再開」や「北朝鮮人道支援」が急務としています。先ほど見たハト派政治家連中と同じような考え方です。このような考え方の人が、他にも政官界・学界・メディア界にいるのです。言論の自由は貴重ですし、時にハト派的な思考もあって良いと思いますが、独裁国家を疑うことを知らない余りにも「お花畑的な思考」には呆れざるを得ません。

 ちなみに和田氏や吉田氏は、金正日が拉致を認めて以後、それぞれ「拉致そのものの存在を否定していたわけではない」「私が否定したのは、横田めぐみさん拉致だけだ」と弁明しています。では、彼ら政治家や学者はなぜ「お花畑的」「ハト派的」思考になってしまったのでしょうか? それを考えることは、スパイ防止法制定反対派を論駁することにも繋がるでしょうし、スパイ防止法と拉致事件の根本問題にも絡んできます。北朝鮮による拉致事件を「疑惑」としてきた人々は、その大部分がスパイ防止法制定にも反対するはずです。

つづく

濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。

著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。


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