4 現代のスパイ工作の実態と脅威

 

冷戦期以来、欧米諸国がスパイを取り締まる包括的な法制度を整備してきたのに対し、日本は外国為替及び外国貿易法(外為法)や不正競争防止法など断片的な規制に留(とど)まり、諜報・浸透工作に無防備な状態が続いてきました。結果として、日本は「主要先進国で唯一、スパイ防止法を欠く国家」と見なされ、国家安全保障上の致命的な弱点を抱えているのです。

2015年以降の10年間を振り返っても、政治・経済・技術・報道・サイバー・麻薬といった分野で深刻なスパイ工作の事例が相次ぎました。その多くは中国による国家戦略型の策動であり、偶発的犯罪ではなく「国家総動員型スパイ戦略」と直結しています。2025年の参議院選挙でスパイ防止法制定を掲げた政党が躍進したのも、国民の危機意識の高まりの証左と言えるでしょう。ここでは中国による主な事例を整理し、日本が喫緊に包括的なスパイ防止法を制定すべき理由を明らかにします。

中国の「国家総動員型スパイ戦略」

中国は「軍民融合」、すなわち「軍」と「民」が連携して情報機関が加わり、国家を挙げて以下のような法律を制定し、先進諸国の情報と技術を収集しているのです。

国防動員法(2010年) 有事に土地や企業の資産などを接収可能に。中国資本による「土地爆買い」は拠点化の危険性が指摘されています。

国家情報法(2017年) 国民や企業に情報協力を義務付け、在外留学生や観光客も対象に。

「千粒の砂戦略」 留学生や出張者から少しずつ情報を集め国家が統合。数万人規模の協力者が存在すると見られています。

「モザイク理論」 TikTokやTemu(通販サイト)のアプリデータを組み合わせ戦略情報に転用。

「千人計画」 海外研究者を厚遇で招聘(しょうへい)し、軍事応用可能な技術を取り込む国家プロジェクト。

政治・マスコミへの影響工作

中国人女性秘書逮捕事件(2024年) 日本の国会議員に中国人女性が接近し、後に秘書兼外交顧問として採用され、議員会館を出入りするように。公安当局はスパイ活動の疑いで女性をマークし、持続化給付金を不正受給したとして、2024年に詐欺容疑で書類送検。ハニートラップを通じた典型的な浸透工作として疑惑の目が向けられました。形式上は政治活動に見せかけても、その実態は情報収集であり、スパイ防止法がない日本では摘発が困難なのです。

毎日新聞「チャイナ・ウォッチ」長期掲載問題(2016年以降) 毎日新聞に中国共産党系「チャイナ・デイリー」の宣伝記事が長期にわたって掲載されました。英紙『ガーディアン』も世論操作の危険性を指摘するなど、国内メディアが中国の宣伝拠点と化す現実を浮き彫りにしました。

サイバー攻撃と情報流出

中国系ハッカー「Tick」による防衛産業サイバー攻撃事件(2022年) 防衛装備庁や関連企業が標的となり研究情報が狙われました。

日本年金機構情報流出事件(2015年) 125万件の個人情報が流出。中国系集団の関与が疑われています。こうした情報は標的リストや世論操作に利用され、国民生活と国家安全保障を同時に脅かすことになります。 

経済スパイと産業被害

炭素繊維技術漏洩事件(2020年) 中国にある東レグループ子会社の中国人従業員が、航空機や防衛装備に不可欠な技術を中国企業に流出。処罰は不正競争防止法違反の罰金刑に留まり、日本企業の脇の甘さを露呈させました。

中国系企業による国内データセンター建設問題 テンセントやアリババなどの中国系企業が日本で拠点を拡大しており、通信や金融データが国外に流出する危険性が指摘されるなど、経済安全保障上の重大な課題となっています。

産総研研究者情報漏洩事件(2018、2023年) 中国籍の研究員が国費研究データを中国企業に送信し、特許出願に転用。処罰は不正競争防止法違反に留まり、罰金200万円という微罪に終わりました。こうした軽い処罰は、外国のスパイ行為を助長しているのです。

2024年末、日本在住の中国人は約87万人に達しました。年間の旅行者698万人(2024年)も含めて、彼らは国家情報法や国防動員法の対象であり、中国共産党の指示があればスパイ活動を強いられる立場に置かれているのです。

さらに、米国で安全保障上受け入れを拒否された留学生を、文科省が日本国内の大学に対して受け入れの支援を検討するよう依頼した事例もあり、日本が“国際的スパイ対策の抜け穴”となる危険性があります。

加えて、文化交流機関を装いながら、実態は統一戦線工作の拠点と懸念され、米豪では閉鎖された孔子学院も国内の13大学に残存しています。

非軍事的攻撃―—フェンタニル密輸

フェンタニル密輸事件(2025年) 中国系の犯罪組織が名古屋を経由地として米国などへ合成麻薬であるフェンタニルを流通させました。米国ではフェンタニルで年間7万人以上が死亡しており、日本が“国際的犯罪の拠点”として利用されていた実態が浮き彫りになりました。フェンタニルの密輸事件は単なる薬物犯罪ではなく、国家の弱体化を狙った「非軍事的攻撃」だと、米国は警戒を強めています。

麻薬密輸の拠点化は日本国内にも麻薬が流通し、深刻な影響をもたらします。外国勢力が国内に恒常的な拠点を築くことで、スパイ工作の温床にもなります。

以上の事例は氷山の一角に過ぎません。これらはすべて「国家戦略に基づいた見えない侵略」であり、日本の安全保障に直結する脅威と言えます。これまでのような断片的な規制のままでは、今後さらにあらゆる領域でスパイ工作の標的となり、日本は「情報が漏れる国」として国際社会から信頼を失い続けることでしょう。結果として安全保障や経済の基盤は揺らぎ、国民生活も情報流出・サイバー攻撃・麻薬流入によって直接的に脅かされることになりかねません。

また日本がこのまま対策を怠れば、台湾・尖閣有事に直面した際、国家として深刻な混乱と弱体化に陥るのは必至です。

今こそ、外国勢力のスパイ行為や浸透工作を直接処罰できる包括的なスパイ防止法を早期に制定し、国民の生命と安全を守る体制を整えることが必要不可欠なのです。

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