3 日本の代表的なスパイ事件

 

「憲政史上最大のスパイ事件」と言われ、戦前戦中の日本を揺るがせたのが「ゾルゲ事件」です。ソ連赤軍参謀本部諜報総局(通称GRU)の司令を受けたリヒャルト・ゾルゲが率いた諜報団は「ラムゼイ機関」とも呼ばれ、上海や東京で工作活動に従事。ゾルゲ自身はドイツ人ジャーナリストとして来日し、9年間で本格的なスパイ網を築き、近衛文麿首相のブレーン組織「朝飯会」「昭和研究会」メンバーの朝日新聞記者・尾崎秀実(ルビ:ほつみ)らを操り、機密情報をソ連にもたらし、「南進論」「対中強硬策」に誘導しました。この事件の全容は特高警察の捜査で明らかにされ、ゾルゲや尾崎は検挙されスパイ罪で裁かれました。ところが戦後、国防保安法や治安維持法がなくなり、外国スパイを取り締まる法律はなくなりました。

スパイの実態暴いた「ラストボロフ事件」「レフチェンコ事件」

ソ連による日本共産党(国際共産主義運動の指導組織・コミンテルンの日本支部として発足)を通じた工作も、1950年代の「ラストボロフ事件」から明らかにされました。すなわち、シベリア抑留の邦人帰国者500人をスパイに仕立て、8千人超の潜在的協力者がいたのです。また、日本共産党には巨額の活動資金を支援していたのです。

さらに戦後民主主義下で、ソ連が「反戦平和」工作で蠢動(しゅんどう)するのを暴き、「平和ボケ」に警鐘を鳴らしたのが、1980年代の「レフチェンコ事件」でした。ソ連の雑誌「ノーボエ・ブレーミャ」特派員だったレフチェンコKGB(ソ連国家保安委員会)少佐が1979年に米国に亡命、米下院特別委員会でソ連の対日工作を証言し発覚したのです。当時、「エージェント」(日本人協力者)が社会党議員からマスコミ関係者、財界実力者(33人の「コードネーム」を暴露)にまで広がり、野党第一党への政界工作、言論工作の実態に日本社会は驚愕したのです。なお、社会党がこの証言を機関紙で報じた国際勝共連合を、CIA(米中央情報局)と組んだ謀略だと誹謗中傷し、名誉毀損訴訟となり、最終的に勝共連合の主張が認められました。このレフチェンコ証言の正しさは、ソ連崩壊後に公開された機密文書『ミトロヒン文書』からも明らかになっています。

なお、社会党(総評系)弁護団及び過激派テロ事件の弁護で知られる「社会文化法律センター」に属したのが、全国霊感商法対策弁護士連絡会初代事務局長の山口広弁護士です。

安倍元首相「拉致事件は防げた」

1977年11月に北朝鮮に13歳で拉致された横田めぐみさん。同年9月に久米裕(くめゆたか)さんが「背乗り」(工作員によるなりすまし)で拉致され、実行犯(金世鎬〈キム セホ〉)が逮捕されるも不起訴に。安倍晋三元首相は40 年後の2017年、この事件が適切に処罰されていれば「めぐみさん拉致は防げた」と語りました。以後、北朝鮮による邦人拉致は、政府認定の17人に加え、拉致の可能性のある行方不明者は871人(うち約450人の名簿公開、警察庁調べ)に上っています。

また佐々淳行・初代内閣安全保障室長は、「もしあの時、ちゃんとしたスパイ防止法が制定されていれば、今回のような悲惨な拉致事件も起こらずにすんだのではないか」とも述べました(『諸君』2002年12月号)。めぐみさんの拉致実行犯として韓国で逮捕された辛光洙(シン グァンス)らに釈放嘆願署名を行ったのが、土井たか子党首や菅直人氏ら旧社会党などの国会議員でした。

TPPで日米離間に動いた「李春光事件」

2010年代に入りGDP世界2位に躍り出た中国を牽制するため、オバマ米政権が「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」を提唱。日本もこれに傾くと、中国による政官財・言論界を巻き込む大掛かりな諜報工作として仕掛けられたのが「李春光(りしゅんこう)事件」でした。

駐日大使館書記官の李春光は、人民解放軍総参謀部の出身で、福島大学大学院、東大東洋史研究所研究員などを経て松下政経塾にインターン生で入塾、若手政治家にも交友を持つ工作員でした。李は民主党政権の農水大臣・副大臣に至るまで人脈を広げ、コメとレアアースの「バーター」(物々交換)で日本のTPP不参加と日米離間を画策したのです。

当時警察庁外事情報部長だった北村滋氏はこの事件を、獲得した人的資源を縦横無尽に駆使し、政策決定に影響を及ぼす「影響力行使」と呼ばれる、諜報活動のうちで最も高度な部類だと評しています(『外事警察秘録』)。

しかし李は農水関連の機密情報を持ち出したにもかかわらず、スパイ容疑ではなく外交官の商業活動というウィーン条約違反で書類送検されただけで、帰国してしまいました。

このほか、宮永幸久陸将補がソ連GRUのコズロフ大佐に機密情報を渡した「宮永コズロフ事件」(1980年)、ロシア駐在武官ボガチョンコフ大佐が海自三佐から秘密書類を受け取った「ボガチョンコフ事件」(2000年)など、いずれもスパイ防止法がないために提供先のスパイを逮捕できず帰国を許してしまったのです。

4 現代のスパイ工作の実態と脅威


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